潜在意識の力で、相手が変わることはあるのか?

チューリップ

 

潜在意識って、相手を変える力も持っているの?

 

今回は、

「潜在意識の力によって、相手が変わることはありうるのか?」

についてです。

これはもちろんありますよ、よくあります(*´ω`*)

ただ、ひとつ覚えておいてほしいなと思う点があります。

それが何かというと、

「相手が変わることを目的とした以上、相手が変わることはない。

相手が変わるということは、自分が変わったあとについてくる結果でしかない」

ということです。

どういうことなのか?について詳しくお話していきますね。

 

 

変わることを相手に望まれると、人は変わりたくなくなる

 

たとえばですが、あなたの目の前にAさんとBさんがいるとします。

Aさんは、

「お前が間違ってる、私のほうが正しい。お前が変われ、変われ…」

という態度であなたに接してきます。

対してBさんは、

「あなたの自由を尊重するよ、好きにしていいんだよ」

という態度であなたに接してきます。

さて、AさんとBさんとではどちらのほうに好印象を抱きますか?

どちらの話を聞こうと感じますか?

…というと、これは当然Bさんですよね。

Aさんみたいな態度でこられたら、

「なんでこっちが変わらんなんのじゃい、意地でも変わるか」

みたいな気持ちになるし、言うこと聞きたくなくなっちゃいますよね。

 

 

潜在意識は、相手の些細なところまで読み取る

 

ということはあなたが誰かに対して、

「あの人が変わるといいのに、変われ、変わってくれ…」

と思っているとすると、相手はあなたに対して、

「なんでやねん、変わってたまるか」

と感じて変わりたくなくなってしまう、ということですよね。

 

 

「いや別に私、相手に直接変わるように言ったわけじゃないし、そう思ってるのバレてないはず…」

と思うかもしれませんが、いえいえ、こういうものは十中八九バレてると思ったほうがいいですよ~(;´・ω・)

あなたもこれまで生きてきて、

「この人、口には出さないけど本当はこう思ってるんだろうな」

とか、

「口ではそう言ってるけど、本心ではそう思ってないんだろうな…」

というふうに、相手の心情をなんとなく察した経験はあると思います。

なぜ察することができるかというと、こちらの潜在意識が、相手の表情や行動などの細かな部分までもを読み取っているためです。

顕在意識はわりと鈍いのであまり細かなことはわからないのですが、潜在意識のほうは、相手の瞬きの回数、眼球の動き、口角の上がり方、手の動き方、声のトーン、筋肉の緊張のし具合…そういうものも全部見て、

「本心を言っているにしては眼球の動きが変だな」

とか判断しています。

判断しているのは潜在意識のほうですから、

「なんで本心を言ってないってわかるの?」

と人に聞かれたとしても顕在意識上ではうまく説明できず、

「いや、わかんないけどなんとなく…」

みたいな説明しかすることができない場合も多いのですが、相手がどうであるかということって、こちらの潜在意識は読み取ることができるものなんですね。

 

 

そして、こちらの潜在意識が相手のことを察知できるということは、相手の潜在意識もこちらのことを察知できるということ。

潜在意識レベルで漠然と察知しているだけで本人も気づいていないのか、

顕在意識レベルではっきりと自覚しているかは場合によりますが、

こちらに「あなたが変わってよ」と思われていることを察知すれば、

相手の中には自然と「なんでこっちが変わらないかんねん」という反発が生まれるので、相手は変わりづらくなってしまいます。

 

 

相手が変わることで、こちらの態度が軟化することはよくある

 

ではどうすればいいのか?というと…。

たとえば、

「お前が間違ってる、私のほうが正しい。お前が変われ、変われ…」

という態度だったAさんが、そういう態度を取らなくなったとしたらどうでしょう?

そうすると、

「あ、なんか心境の変化でもあったのかな?ちょっとこちらを認めてくれる気になったのかな…?」

と思って、こちらの態度も軟化しますよね。

このように、相手の心情や態度の変化に応じてこちらの心情や態度も変化するということはよくあることです。

 

 

ただあくまでも、

「相手が変わった結果として、こちらも変わろうという気になった」

というだけで、相手が変わることもなしにこちらが唐突に、

「あ、そうだ!今日からAさんへの態度を軟化させようっと!」

なんて気持ちに変わることはまずありませんよね。

こちらが変わるのは、相手が変わったあとの話です。

それと同様に、あなたが誰かを変えたいと思っているとしても、相手が変わるのはあくまでもあなたが変わったあとの話です。

 

 

潜在意識には、相手を直接コントロールする力はない

 

…ということで、「潜在意識の力で相手が変わることがある」といっても決して、

「自分の潜在意識に、相手を直接コントロールして変えてしまうようなパワーがある」

というような意味ではありません。

細かな表情などまで読み取れる力を持った相手の潜在意識が、こちらが変わったことを絶妙に感じ取った結果として相手も変わる、というだけです。

 

 

相手が変わることを祈ったりするのは逆効果

 

ときに、

「自分の潜在意識に、相手を直接コントロールして変えてしまうようなパワーがある」

という意味だと思って、

「そうか、じゃあ相手が変わるように祈ろう!あの人が変わりますように、変わりますように…」

というふうに祈ったりする方もいますが、これはすればするほど逆効果になります。

 

 

相手が変わることを強く望めば望むほどに、その本心はあなたのふとした表情・言動などに表れやすくなり、相手の潜在意識はそれを察知しやすくなります。

すると相手の「なんで変わらないかんねん」という反発もより強くなりますよね。

そのため、相手が変わることを祈るほどに相手が変わらなくなります。

なので最初に、

「相手が変わることを目的とした以上、相手が変わることはない。

相手が変わるということは、自分が変わったあとについてくる結果でしかない」

と書きました。

 

 

あなたは潜在意識下で、何を認めてもらいたい?

 

いま、

「…とはいえ、相手じゃなくて自分が先に変わる必要があると言っても…。

私は自分の何をどう変えればいいのだろう…?」

と戸惑っている方もいるかな?と思いますが、そのように何をすればいいのかなと思ったときには、

「私は何が不満なのだろう?相手に何を認めてほしいのだろう?」

と考えてみるとよいと思います。

 

 

相手が変わることを望んでいるということは、相手が今のままでは不満だからですよね。

ではなぜ相手が今のままでは不満なのかというと、大概の場合は、

「相手に自分を認めてもらえていないと感じて悲しいから」

です。

相手が態度を変えれば、

「自分は認めてもらえた、自分のほうが正しかった」

と満足することができ、悲しい思いをしたり、腹を立てたりせずにすむから相手が変わることを望んでいます。

 

 

でも相手がいきなりあなたに対して、

「ハッそうだ!

あの人はこういうところを私に認めてほしいのね、よし認めてあげよう!

あなたのほうが正しいよと言ってあげようっと!」

というふうに思って変わることはまずありませんので、認めてほしい部分を相手に認めてもらおうとするのではなくて、自分で認めてください。

「私は、あの人にこういうところを認めてほしいんだな」

「私は、あの人にこういうところを正しいと肯定してほしいんだな」

とか、

「人に認めてもらって満たされようとするのではなく、自分で満たす方法はないかな?」

というふうに、相手ではなく自分のことに焦点を当てます。

 

 

あなたが変わると、相手も変わる

 

そうして相手を変えることではなく自分を変えることに焦点を当てると、これまであなたからなんとなく醸し出されていた、

「私じゃなくてあなたが変わってくださいよ」

という雰囲気は出なくなっていきます。

自分でも無自覚に自分の表情や態度が軟化するため、相手が潜在意識下でそれを感じ取り、

「あ、なんかなんとなく変わったなこの人。まぁ、だったらこちらも…」

という流れになりますよ。

 

 

私の経験なのですが、

「私は相手ではなく、自分を変えよう」

と意識しだして数日後、

「なんか、急に雰囲気が変わったね。何が変わったんだろう?よくわからないけど、変わった気がする」

と人から言われたことがありました。

私のほうは雰囲気を変えようと思って何かをしたわけでもないのですが、内面の変化がなにかを通じて外面に出て、相手がそれに反応してるんですね、なんだか不思議ですね~(*´ω`*)

 

 

潜在意識の力で相手が変わるというのは、

「自分の潜在意識に相手を操るパワーがある」

という意味ではありません。

「自分が変わったことを相手の潜在意識が感じ取るため、相手もそれに応じて変わる」

という意味です。

 

 

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カテゴリ:引き寄せの法則 

愛されない人の特徴のひとつは、「愛されない」と思うことで自分を守っているということ。

花

 

「愛されないせいで○○できない」という思いがないか?

 

今回は、

「愛されたいと思っているはずなのに愛されない」

というとき、その理由はあなたに、

「愛されては困るという信念があるから」

かもしれないよ、ということについてです。

 

 

あなたにはこういった経験がないでしょうか?

何かに挑戦できなかったとき、

「私はもともと愛されていなかったから、そのせいで自信がない。

だから、みんなみたいに挑戦できない…」

と思ったり、何かに失敗したときに、

「私はみんなと違って愛された経験がなくて、だからこんなこともちゃんとできない人間なんだ…」

と思ったり…。

 

 

これは、

「私が何かに挑戦できなかったり失敗するのは、『愛されていないこと』に原因があります」

という思考している、ということです。

言い方を変えると、挑戦できなかったり失敗してしまったとき、

「愛されていないという問題があるんだから、そのせいなんだから、

その問題がある以上、挑戦できなくても失敗しても仕方がないわ」

と言える、わけです。

 

 

ここで、愛される人間になったとしたら、どうなるでしょうか?

もうこれからは何かに挑戦できなかったとき、

「愛されないせいで自信がないんだからしょうがない」

とは言えなくなるわけです。

愛されている以上、愛されないからできない、とは言えない。

愛されているけど、私に勇気がないのでできない、と言うことになる。

 

 

失敗したときにも、

「愛されないせいで自信がないんだからしょうがない」

とは言えない…。

愛されているけど、私に実力がないので失敗しました、と言うことになります。

 

 

あなたは、それが怖いのではないでしょうか?

愛されてしまうと、自分の勇気のなさや実力のなさが明るみに出てしまう。

明るみに出てしまっては困る。

だから、愛されては困る…。

 

 

愛されないことで、自身の責任から逃れたいという思い

 

これは私にも覚えがあります。

私はずっと、

「私がこんなにも弱く自信がないのは、周りが誰も私を愛してくれないせいだ」

と思っていました。

でも周りが愛してくれたら…くれちゃったら…。

私、もう言い訳ができなくなる。

愛されていないかぎりは、嫌なことは「愛されないせいで自信がないから」という理由で避けて通ることができるのに、

愛されてしまったら私は、避ける理由を失って嫌なことに自力で立ち向かわねばならなくなる。

立ち向かえなかったときには、周りのせいではなく私が弱い人間なせいです、と認めることになる。

そんなの嫌だ、怖すぎる…と。

 

 

「愛される=責任を自分で負うはめになる」

なので、

「愛されたいなら責任を負うor責任を負いたくないなら愛されない」

の2択になる。

この2つを天秤にかけると後者に傾く。

「自分のせいってことになるくらいなら…愛されないほうがまだマシだ…」

と。

そして、

「愛されないことによって、挑戦や失敗、責任から逃れよう」

という思考をもとに、実際に現実に、愛されないことを理由に、挑戦からも失敗からも責任からも逃げてきました。

自分の思考を、ちゃんと自分の力で現実化していたということに気づくまで、時間がかかったのを覚えています。

 

 

こうして潜在意識下で、自ら「愛されないこと」のほうを選択しているにもかかわらず、

顕在意識上ではその潜在意識下の選択に気づかず、

「私はどうして誰にも愛されないのだろう」

と思うことがあります。

これが「愛されては困るという信念をいだいているパターン」ですが、あなたはどうでしょうか?

 

 

本当は、愛されて困ることなどない

 

私は潜在意識下で自分がこういう選択をしていて、

「あぁ、自分が愛されないことを望んでいるから愛されないのか」

と気づいたとき、もうそれは、やめようと思いました。

怖かったけど、自分の責任は認めようと。

なので、こう言うようにしました。

なにかに挑戦したいけど、怖くて自信がなくてできないとき、

「私、それをやってみたいけど、怖いです」

とそのまま思っていることを言ってみることにしました。

 

 

前までは、

「自信がなくてできないです…昔から…たぶん親から虐待受けたせいで自信がないんでしょうけど…」

「私自身は失敗してでも挑戦したいとは思ってるんです…でも、ああだし、こうだし…」

みたいに、なにか言外に、

「私が弱いせいでできないわけじゃないんですよ?」

と伝える言葉や態度を取っていたのですが、それをやめてみたんです。

そうしたら、

「自信がないのかー、じゃあ、こっちは手伝うからあっちの部分だけやってみたら?」

とか、

「怖いのは普通だよ、それはダメってことじゃないよ!一緒にやってみよう!」

という励ましをもらえるようになったり、明らかに手を差し伸べられることが増えてきました。

「あ、責任逃れをやめたら愛されはじめた」

とはっきり感じることが多々出始めました。

 

 

まぁ…考えてみりゃそうですよね、責任逃ればかりしている人より、

自分で責任を負おうとしている人のほうがそりゃ助けようという気にもなりますが、

これ、今になってみれば「そんなの自然なことだな」って思うのに、そこがわからなかったです。

とにかく、

「責任を負う=挑戦できなかったり、失敗してしまう自分を正当化できなくなる。非常に困ったことになる」

という方程式が私の頭の中にあって「責任」というものが怖かったのですが、実際には、

「責任を負う=助けてくれる人が集まるので、非常に挑戦しやすく失敗しづらくなる。非常に楽なことになる」

でした。

「愛されたいなら責任を負うor責任を負いたくないなら愛されない」

↑この2択のうち、前者を選んでも困りはしないんだ、ということに気づいていなかったです。

 

 

あなたの頭の中で、いま、

「愛される=責任を負うことになる=困る」

と3つがイコールで結ばれていないでしょうか?

それは違くって、

「愛される=責任を負うことになる≠困る」

です。

「愛されては困る」という信念、手放していってくださいね。

愛されることと困ることは、本当はつながってはいないです。

 

 

責任を負うということは、困るということではない。

愛されること、認められること、助けられることです。

 

 

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管理人:岡野 真

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