意図すれば叶うなら、なぜメソッドが必要なのか?

花

 

意図すれば叶うなら、意図以外はいらないはず?

 

今回は「意図すれば叶う」ということについてです。

この言葉は、潜在意識のお話になるとよく出てくる言葉ですね。

ただ、ときおり私のもとにはこのような質問が寄せられます。

「意図すれば叶うのなら、なんのためにメソッドをするんですか?」

と。

いまこう聞いて、

「ハッ…!!そ、そう言われてみれば…。

意図すれば叶うっていうんなら意図のみしていればいいはずで、別にメソッドしなくてよくね!?」

と思った方もいるかもしれませんね。

ではでは、この点について詳しくお話していきます。

 

 

意図すれば叶うのに、メソッドをわざわざやる理由とは

 

なぜメソッドをする必要があるのか?

それは、

「意図すれば叶う状態になるため」

です。

 

 

意図すれば叶うということ自体は、たしかに本当のことです。

けれど意図すれば叶うのって、

「前提が『できる』の場合のみ」

なんです。

前提が「できない」の場合には、意図したからといって叶うわけではありません。

 

 

以下が意図すれば叶う状態

 

よくある例えですが「水を飲む」を例に出してみます。

あなたは、自分が水を飲もうと思えば飲めると思いますか?というと、当然飲めると思いますよね。

このように「それはできて当然じゃん」という気持ちがある状態が、

「前提が『できる』の状態」

です。

この場合は意図すれば叶うことになりますので、メソッドは必要がありません。

「水を飲もう」という意図のみあれば叶います(水を飲めます)

 

 

以下は意図しても叶わない状態

 

では次に、あなたは億万長者になろうと思えばなれると思いますか?というと、こちらは「なれない、無理」と感じるかもしれませんね。

このように「できない、無理」という気持ちがある状態が、

「前提が『できない』の状態」

です。

この場合は、意図すれば叶うということはありません。

 

 

いや、しかしある意味これは、意図のみで叶えることができていると言うこともできます。

「億万長者になんてなれるわけがない」

↑これは言い方を変えると、

「億万長者になれないということは、できて当然だと思っている」

ということですよね。

前提が「できる」なので、この場合は「億万長者になれない」という意図のみあれば、それだけで叶います(億万長者になれません)

…というふうに表現することもできます。

 

 

巷で意図すれば叶うと言われているのは、もう少し正確に言うと、

「あなたの持っている前提が『できる』の場合は、意図すれば叶う」

ということです。

 

 

意図すれば叶う状態に変化するために、メソッド

 

では、あなたの「億万長者になろう」という意図がちゃんと叶う状態にするためには、どうすればいいのか?

というと、前提を「できない」から「できる」へと変える必要がありますよね。

ではでは、前提を変えるためには何をすればいいのか?

というと、メソッドをすればよい、となります。

順番としては、

 

①現在は前提が「できない」で、意図しても叶わない状態にある

②メソッドを使い、自分の前提を「できる」へと変える

③前提が「できる」に変われば、意図すれば叶う状態になるのでメソッドは必要なくなる

 

です。

ということで、

「意図すれば叶うなら、なぜメソッドが必要なのか?」

の答えとしては、

「まだ意図すれば叶う状態にない方が、叶う状態に変化するため」

(前提を「できない」から「できる」へと変えるため)

です。

 

 

ただもちろん、あなたがすでに、

「億万長者?そんなものなれて当然だよ」

という前提を持っている場合には、すでに意図すれば叶う状態にあるということですので、わざわざメソッドをする必要はありませんよ(*^^)v

 

 

メソッドを行うのは、意図すれば叶う状態になるため。

 

 

意図すれば叶う状態になるためのメソッド(前提を変えるためのメソッド)として有名なのは、アファメーションです。

アファメーションに関しては以下の記事を参考になさってみてください↓

199式アファメーションついての解説

 

 

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意図を撤回しない、それだけでいい

白い花

 

叶うという意図を撤回しないなら、叶う

 

今回は「意図を撤回しない」についてです。

潜在意識のお話ではよく、

「意図すれば叶う」

「意図を撤回しないことが大事だ」

と言われますよね、これについて詳しくお話していきます。

 

 

意図を撤回しないことは、最も大切

 

意図を撤回しないことが大事…というのは、たとえば、

「私、お金持ちになろう」

と意図したのであれば、そのお金持ちになろうという気持ちを撤回しないことが大事、ということです。

これは、確かにそのとおりですよね。

潜在意識はその「なろう」という気持ち(意図)を叶えるのですから、

意図を撤回してしまっては、叶えるものがなくなってしまい叶わなくなります。

けれど逆に、意図さえあるのならば、潜在意識は絶対にその意図を叶えようとしてくれます。

意図を持ち続けているというのは、とってもとっても大切なことです。

 

 

意図を撤回しないとは「強い意志を持つ」とは違う

 

こう聞いていま、

「そそそそうか、では意図を撤回しないぞー!

私は必ずお金持ちになる!なってやるんだ!

この『必ずなってやる』という気持ちを強く持ち続けよう!」

と思った方もいるかもしれませんが、うむむ、これは…。

むしろそのように「なってやる!」と強く意識したときが、意図を撤回したときではないか?と思います。

 

 

人が「なってやる、絶対にそうする!」と強く思うときがどのようなときかというと、

「自分にはそれができる、自分の意図は叶うのだという確証がないとき」

です。

お金持ちになれるという確信が薄い方ほど、絶対になってやるんだと自分を奮い立たせようとします。

逆に、絶対にできるという確証を持っているとき、人はあっけなくそれを忘れてしまったりします。

(忘れるというのは顕在意識上で忘れるという意味で、潜在意識下ではちゃんと覚えています)

 

 

意図を撤回しない状態のとき、人はむしろ忘れる

 

たとえばあなたが、

「夕飯にパスタを食べたいな」

と思ったとします。

ではそのあとずーっと、

「夕飯はパスタ、パスタ!絶対に食べてやるう!」

と意気込むかというと、そんなことはありませんよね。

そんなふうに自分を奮い立たせるまでもなく食べられて当然なのですから、パスタのことはサラッと(顕在意識上で)忘れて、他のことに取り組んだりしますよね。

こうして、

「自分がやろうと意図したことを忘れられる状態」

というのが、意図を撤回しないでいる状態です。

 

 

意図を撤回しないようにと言われて、

「それって、ずっと『なってやる』という強い気持ちを持っていろということだな」

と思い、顕在意識上で意識しつづけようとする方もいますが、そのような必要はありません。

むしろ「なってやるんだ!」という強い意気込みが湧いてきたときに、

「あ、こんなに力んで『なってやるんだ』とか思わなくても、なれるんだった」

と思い直し、肩の力を抜くこと。

それが意図を撤回しないということです。

 

 

意図を撤回しないとは、忘れなければいけないということ?

 

で、こう聞くと今度は、

「う、うぐぐぐぐ、つまりお金持ちになりたいなら、お金持ちについて考えてはいけない、忘れなければいけないってことか?

でも、忘れようなんて思うと逆に忘れられーん!

意図を撤回しないってめっちゃ難しいやんけ!!」

と思った方もいるかもしれませんが、いえいえ、

「考えてはいけない、忘れなきゃいけない」

というわけでもありませんよ。

忘れたなら忘れたで構いませんが、忘れないなら忘れないで構いませんし、どっちでもいいです。

 

 

さきほどのパスタの例ですと、

「なんとしてもパスタを!!食ってやるぅぅうう!!」

とか考えることはないと思いますが、しかし、

「どこのお店で食べよう?なんのパスタにしようかな?」

ということを考えることならありますよね。

では、パスタについて忘れてしまわずに考えていたので、

パスタを食べようという意図を撤回したことになって、食べられなくなってしまうのか?というと、そんなことはありませんよね。

 

 

このような思考は、

「自分の意図(パスタを食べよう)は叶うに決まっている」

という確証を持っているからこそする思考…つまり、意図を撤回しないでいるからこそ出てくる思考ですので、してもぜんぜん構いません。

 

 

「お金持ちに、なってやるんだーーー!!」

↑なれないという前提が強いほどこう考えがちですし、こう考えるほどにできないという前提を肯定してしまっているので、こういうふうに力むのは控えたほうがいいです。

しかし、

「むふ、じゃあまずどこに旅行に行こうかな?なにを買おうかな~♪」

↑これはなれるという前提のもと考えることですし、考えるほどになれるという前提を肯定することになる(意図を撤回しないでいられるようになる)ので、問題ありません。

 

 

力を抜き、「じゃ、なにをしようかな♪」と考える

 

最初のうちは叶うという確信が持てない状態なので、

「なってやる、なってやる!!」

と力が入りがちになります。

けれど、力が入ったなと気づいたならばそのたびに、

「おぉ、なれるに決まってるんだからこんなに意気込む必要なかったわ~」

ということを思い出し、肩の力を抜いてください。

そのまま忘れられるようならば、忘れても構いません。

 

 

ただおそらくは、そこでスッキリ忘れられるという方は少ないかと思います。

その場合は考えてもOKなのですが、考えるのであれば上で書いたとおり、

「なってやる」ということについて考えるのではなく、

「じゃあ、まずどこに旅行に行こうかな?」というふうに、なれるという前提を持っている場合に考えることを考えるようにしてみてください。

そうしていくうちに、本当になれるという前提ができてきます(意図を撤回しないでいられるようになります)ので、どんどん力まなくなっていきますよ(*´ω`*)

 

 

「意図を撤回しない」とは、「叶えてやる、やってやると強く意識すること」ではありません。

 

 

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願望が叶うのか意図が叶うのか、どっちなの?

花

 

願望と意図って、違うものなの?同じなの?

 

今回は、

「願望と意図は、どこがどのように違うのか?」

についてです。

潜在意識の話になると、願望という言葉も、意図という言葉もよく出てきますよね。

「願望は潜在意識の力によって叶います」

「意図すれば潜在意識の力によって叶います」

というふうに。

 

 

しかしときに、

「願望を持つのではなく意図をしろ」

「叶うのは願望ではなく、意図である」

と言われることもあります。

こう言われると、

「え、え、え…。

潜在意識の力で願望が叶います!と言ったかと思えば、潜在意識の力で叶うのは願望じゃなくて意図です!って…。

結局願望は叶うのか叶わないのかどっちやねん」

とか、

「願望は叶わなくても意図なら叶うっていうなら、ぜひ願望じゃなくて意図をしたいところだけど…。

でもそもそもその2つの違いがわからないから、自分の持ってるのが願望か意図かもわからん…」

と戸惑う方もいるのでは?と思いますので、願望と意図について詳しくお話していきます。

 

 

引き寄せで言われる願望と意図という言葉に、明確な定義はない

 

まず、願望と意図の違いって明確に決められているわけではありません。

事前に、

「願望とはこれこれこういう意味、意図はこれこれこういう意味と定義する」

とか決まっていて、みんながその定義にのっとって話をしていればわかりやすいのでしょうが、そういう定義があるわけではないため、

「願望も意図も同じようなもんでしょ」

と解釈している方もいれば、

「その2つは全然違うものだ」

と解釈している方もいます。

 

 

私自身は「そんなに厳密に使い分けることもないだろう」と思って、普段はそんなに区別していません。

なんとなくそのときどきのニュアンスで使い分けています。

こうしてその場その場でなんとなく話している人間と、しっかり区別して話している方が混在しているので、

読んでいる側は「なんかわけわからん」となってしまうんですね(;´・ω・)

ということで普段はしっかり区別することのない私ですが、今回はあえて、

「私なりに願望と意図を明確に区別するならば、こんな感じだ」

というのをお話してみます。

 

 

意図とは、何のことを言っているのか?

 

まず、意図とは何か?についてです。

意図とは、

「こうしたい、ああしたいと望む純粋な気持ち」

のことです。

 

 

たとえば、

「喉が渇いたな、コーラが飲みたいな」

と思ったのであれば、コーラを飲もうと意図したということ。

「明日、映画を見に行きたいな~」

と思ったのであれば、映画を見ようと意図したということです。

同じように、

「お金がほしいな、お金持ちになりたいな」

と思ったのであれば、お金持ちになろうと意図したということですし、

「旦那さんがほしいわ、結婚したいわ」

と思ったのであれば、結婚をしようと意図した、ということです。

 

 

潜在意識は、このような意図を実現しようとします。

意図した瞬間から、

「おう、それをしたいのね。ではそれができる現実を作りましょうぞ」

と働きはじめます。

 

 

願望とは、何のことを言っているのか?

 

ただ、きっとみなさんは今こう思っているのではないでしょうか?

「コーラを飲もう・映画に行こうっていう意図は簡単に実現できるよね。

でも、お金持ちになろう・結婚しようという意図のほうは、意図したからってそうそう簡単に叶うものでもないでしょう。

その意図が叶うためには、かなりの努力や苦労が伴うはずだ」

と。

そのように意図のあとに、

「でもそれって大変だよね」

という気持ちがついてくるものを「願望」と呼びます。

なので、

 

○コーラを飲む、できて当然と思っているので→意図

○映画に行く、もちろん行けるでしょと思うので→意図

○お金持ちになる、こりゃ大変だと思うので→願望

○結婚する、そんなのすごく努力しないとと思うので→願望

 

です。

 

 

願望は、意図と比べると叶いにくい

 

願望は、潜在意識の力で叶いづらいです。

お金持ちになりたいなと意図をした瞬間に潜在意識は、

「ほう、『お金持ちになる現実』を作ればいいのね、オッケー!」

と、いったんはお金持ちへと向けて働きはじめはします。

 

 

しかしそのあとすぐさま、

「でもそれって大変だ、苦労するよね」

と思ったので、そう思った瞬間に「苦労をすると意図した」ことになります。

最初の「お金持ちになる」という意図に、「そのために苦労をする」という意図が新しく追加されたので、潜在意識はそこで、

「ほっほー、『お金持ちになる現実』じゃなくて『お金持ちになるために苦労をする現実』を作ればいいってことね、わかったよー!」

というふうに働きはじめてしまい、自分の意図どおり、お金持ちになるために苦労をすることになります。

 

 

いま私は、

「お金持ちになるという意図のあとに、苦労をするという意図を新しく追加した」

と、2つの意図(お金持ちになる+苦労をする)がセットになっているかのように話していますが、

「お金持ちになるという意図のあと、その意図を『やっぱり苦労するし無理』として取り下げた、撤回した」

というふうに、1つの意図を持ったあとそれを捨てることにした、という表現をしてもよいです。

どちらにしても、最初の純粋な意図「お金持ちになる」を潜在意識がうまく叶えられなくなってしまっている状態です。

その状態を「願望を持っている状態」というのだ、と思ってください。

なので、

「願望を持っているのでは叶わないよ」

とか、

「最初の意図を撤回するな、その意図をしつづけろ」

と言われることがあります。

 

 

それは無理だ、大変だ…とかいろいろと思わず、

「コーラ飲みたい、飲もう」

くらいのシンプルさで、

「お金持ちになりたい、なろう」

と意図していれば、潜在意識はその意図を叶えてくれるよ~ということですね。

 

願望と意図を、別の意味に解釈する方ももちろんいる

 

…という感じで願望と意図を分けて考えることもできますし、ひとつの参考にしていただければと思います。

ただ、最初のほうで言ったように願望と意図の明確な定義はありません。

ここまで話したのはあくまでも、

「私ならこのように区別するよ」

というものであって、このとおりに区別しない方だってもちろんいらっしゃいますし、その方が悪いとか間違っているとかいうわけでは全然ありません。

私も今回はあえて分けて考えましたけれど、普段は、

「まぁそこまで細かく分けなくていいだろう」

みたいに思って記事を書いてるので、この記事を読んだあとに別の記事を読むと、

「上の説明にのっとれば、ここは意図という言葉を使ったほうが適切なはずなのに、願望って言葉が使われてるな」

という部分もあるかと思いますが、ご了承ください(;´・ω・)

 

 

で、

「なるほどアナタなりの願望と意図の違いについてはわかった。

そしてその解釈にのっとれば私はいま、願望のほうを持っていることになる。

願望のほうを持ってるってことはつまり…叶いにくいわけだけど、願望じゃなくて純粋な意図のほうを持つようにするなんて、どうやればできるようになるんだろう?」

と思っている方もいると思いますが、それについては明日の記事で書こうと思っていますので、読んでいただけると嬉しいです(*´ω`*)

 

 

なにかを望む純粋な気持ちを「意図」と呼ぶ。

意図に「そんなことは無理だ」という気持ちがくっついている場合は「願望」と呼ぶ。

 

 

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願望実現の「意図」を持つことと「意志」を持つことの違い

花

 

願望の実現を意図する?意図と意志はどう違うの?

 

今回は、

「意図をするということと、意志を持つということはどう違うのか?」

についてです。

潜在意識の話になるとよく、

「願望は、意図すれば実現する」

というふうに言われます。

でも普通は願望って、

「叶えるという強い意志があれば実現する」

「意志が弱いと実現しないぞ、諦めない強い意志を持て!」

というふうに、「意図」ではなくて「意志」って言葉が使われることのほうが多いですよね。

そのため、意図すれば実現するという言葉を聞いて、

「願望を意図するってどういう意味?

それ、願望を実現するぞ!という意志を持つっていうこととはなんか違うの?」

と不思議に思う方も多いですので、意図をすることと、意志を持つということの違いについてお話していきます。

 

 

辞書によると、意図と意志の違いは…?

 

まず、辞書をひいて意図と意志の違いを調べてみると…。

 

意図…こうしようと考えていること。

意志…どうしてもこれをしようという、強くはっきりとした意向。

 

です。

これを見ると、意図のほうは「これをしよう~」程度の思いなのに対し、

意志のほうは「やるんだ、やってやる!」という強い思い、という感じがしますね。

「え?意図より意志のほうが強いの?

じゃあ願望を実現させたいなら、意図じゃなくて意志を持ったほうがいいんじゃない?」

と思うかもしれませんが、それがなんと、願望実現のためには意志より意図のほうがいいのです。

 

 

水を飲むという願望は、意図で実現する

 

よくある例えなのですが「水を飲む」を例に出してみます。

あなたは、

「あー、ちょっと喉かわいたな、水でも飲もっかな」

と思いました。

これって意志ですか?意図ですか?というと、

「私はどうしても水が飲みたい、飲んでやるー!是が非でも水をぉぉおお!!!」

というような強い思いはありませんので、意志ではなく意図ですね。

 

 

で、水を飲もっかな~と意図したあなたは、部屋を出てキッチンに行き水を飲んだとします。

これはあなたが、

「水を飲むと意図し、その意図を実現させた」

ということですね。

 

 

あなたが水を飲もうと意図し、その意図を実現させるまでの間には、さまざまな行為が行われています。

立ち上がる、歩く、部屋のドアを開けてキッチンに行く、

コップを持つ、蛇口をひねる、出てきた水をコップの中に入れる、

コップを持っている手を口元に持っていく…などなど。

でも、そういった行為をする際に特に意志の力は使いませんよね、

考え事をしながらでも自然にできると思います。

なんで考え事をしながらでも自然にできちゃうのか?というと、

潜在意識がそれらの行為をあなたにさせてくれているからです。

 

 

他の願望を実現させたいときも、意図があればいい

 

願望の実現もこれと同じです。

たとえばあなたが、

「もっとお金ほしいな、お金持ちになろっかな~」

と思った(お金持ちという願望を意図した)とします。

あなたがそう意図してから、お金持ちになるという願望が実現するまでには、さまざまな行為が行われます。

しかしそのさまざまな行為というものは、潜在意識があなたにやらせてくれることなので、あなたのほうがいちいち、

「うがあああああ、金持ちになるために!なんとしてでもこれをやるのだああああ!!」

と意志を持つ必要はありません。

 

 

願望を意図した時点で潜在意識は、

「はいはいお金持ちですな。

そうだなー、アナタ洋服が大好きなんだから、なんか服のブランド立ち上げれば儲かるよ、よっしゃそうしてやろうぞ」

というふうに働き始めていますので、あとは潜在意識に任せておけば、

あなたは勝手にブランドを立ち上げる行為をしちゃうんですね。

願望の実現はこうして潜在意識が勝手にやっちゃうことなので、意図は必要でも意志は必要ない、となります。

 

 

「願望の実現には意志が必要なはずである」という固定観念

 

ただ、今これを読んでいる100人中99人くらいまでは、

「金持ちになるって願望を実現するのと、水を飲むのが同じ要領なわけあるかー!」

とか言いたくなってると思います。

そう、みなさんそこが受け入れられないんですよね…(;´・ω・)

「同じ要領なはずがない」

というものすっっっごい強い固定観念を持ってらっしゃる方がほとんどなんです。

生まれてからずーっと、

「強い意志なくして成功はできない!」

「意志の強さがものをいうんだ!」

というふうに親や世間から教え込まれて育ってきたため、だいたいの方が、

「願望を実現するためには意志が必要に違いない、絶対そうだ、そうでなければならない」

というような、なんとも強固な固定観念を持っています。

 

 

その固定観念ゆえ、願望を意図したあと、意志を持ち始める

 

そうした固定観念があると、

「金持ちになりたいな~、なろっかな~」

と願望を意図したあと、

「だったら、ぼーっとしてちゃいけない!(意図しているだけじゃいけない!)

もっと具体的に、何かやらないといけないんだ!」

というふうな強い考えを持ちはじめる…つまり、意志を持ちはじめます。

 

 

このように、

「何かしよう!という強い考えを持つ(意志を持つ)」

というのは、潜在意識ではなく顕在意識の役目です。

あなたが意図ではなく意志を持ち始めた時点で、

願望を実現する役目は潜在意識ではなく、顕在意識へと渡されたことになります。

 

 

でも、顕在意識の力ってたった3%くらいなんです。対して潜在意識は97%。

潜在意識に任せておいたほうがずっと頼りがいがあって実現するのは早いのにもかかわらず、

あえて実現する力なんてほとんど持っていない顕在意識のほうへと、願望実現の仕事を任せてしまったことになります。

 

 

顕在意識の出す願望の実現プランは、だいたいお門違い

 

で、顕在意識って、だいたいは見当違いなプランを出してきます。

本当は洋服ブランドを立ち上げたほうがいいのに、

「そういえば近所のAさんが株で儲けたって言ってたよ、株をやればいいんじゃない?」

とか、別に本人が望んでもいないようなプランを出してきたり…。

 

 

けれど、そうして意志の力で好きでもないことをやっても続かないものです。

なぜならこの間、願望実現の役目を顕在意識に渡されてしまった潜在意識のほうが、

「なんで株やねん!ブランド!絶対そっちのがいいんだし株はやめとけや!!」

と強烈にそれをやめさせようとしてくるからです。

そうしてやめさせようとしてくる潜在意識のほうが強いので、

株で成功だ!と思っている顕在意識のほうは途中で負けてしまい、願望は実現しなかった…となったりします。

(念のため言っておきますが、株をやるのが悪いことだとか、やってる方が間違ってるとか言いたいわけではありません

あぁ、意図してあとは潜在意識に任せておけばよかったものを、

わざわざ意志を持って顕在意識に任せちゃったばっかりに…(´;ω;`)

 

 

意図とは、潜在意識に願望の実現を任せること

 

…ということで、

 

意図…こうしようと考えていること。

意志…どうしてもこれをしようという、強くはっきりとした意向。

 

↑辞典だとこういう意味なんですけれど、これを私なりに書き換えてみると…、

 

意図…潜在意識に願望の実現を任せること(とても頼もしい)

意志…顕在意識に願望の実現を任せること(かなり頼りない)

 

という感じです。

意図を持ったならばそのあと、

「何かをしよう、しなければいけない!」

と意志を持とうとしないほうが、願望の実現は早く、うまくいきますよ(*´ω`*)

これが、

「意図すれば実現する」

とか、

「何もしないほうがうまくいく」

ということです。

 

 

意図…潜在意識に願望の実現を任せること

意志…顕在意識に願望の実現を任せること

 

 

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自己観察で、意図できる自分になる。

観察

 

意図をしつづけていられない…という方は?

 

今回は、自己観察についてです。

先日の記事で、願いは意図で叶うというお話をしました。

ただこれを聞いても、

「ほほー、じゃあ意図してようっと♪」

とスンナリ意図しつづけていられる方はそうそういないんじゃないかと思います。

ほとんどの方は、

「よし、じゃあ叶えると意図するぞ!」

といったんは意図したあと、

「でもなぁ、そんなの本当かなぁ…」

「現実を見るととても叶えられそうにない…やっぱ無理じゃないの…」

と思うはず。

叶うという意図を持ち続けられなくなってしまいますよね。

ではどうすれば意図を持ったままでいられるの?というと、自己観察するのがおすすめですよーというお話です。

 

 

自己観察すると、思考の影響を受けず意図できる

 

これ、とある掲示板でそのものズバリ「自己観察」というお名前の方がお話してることなんですけど、

 

「感情」=意識の下にストックしてる観念や記憶のデータの中から、
状況に応じて自動反応で浮上してくるもの。一時的なもの。

 

「思考」=一時的な感情を分析、定義してそれにリアリティを持たせようとしてるもの。
現実をありのままに見るのを妨げてるもの。
だけど、それらは意思と関係なく無意識のうちに自動的に起きてくるものなので、
意識的に、主体性を持って生きることを選択したとき(その感情や思考をいらないと取り下げたとき)
その一切が無効になるので、その一時的感情や、感情を分析、定義してる思考に飲み込まれない限り、自分の「意図」に影響を与えられるものではない。

 

この、

「思考に飲み込まれない限り、自分の意図に影響はない」

というの、とっても大切だと思います。

人って、思考を自分のものだと思ってるんですけど、大概は自分のものではありません。

自己観察によってここに気づくと、意図を持ち続けていられるようになると思います。

 

 

感情や思考は、自分のものではない?

 

「は?自分の思考が自分のものじゃないってなに…。

自分で考えてるんだから、自分のものでしょ?」

と思った方も多いと思いますが、どういうことかというと…。

 

 

たとえば、あなたがAさんに挨拶したのにAさんは返事をしなかったとします。

ここでつい「なんだよ、嫌な奴だな!」と思考したとします。

この思考も、あなたの意志ではありません。

だって、

「よし、私はいまからAさんを嫌な奴だと考えるぞ~」

とか考えてやったわけじゃないですよね。

そうしようなんて意志はないのに、反射的にそう思考したはずです。

 

 

では、なぜ反射的にそう思考したのか?というと、もうこれは長年、そうするように仕組まれてきたからですね。

幼いころから徹底的に、

「挨拶をしないのは失礼なことである」

といった観念を埋め込まれているし、そのような観念があるとそこから自動的に、

 

挨拶されなかった

じゃあ失礼なことをされたってことじゃん

じゃあそんなことをするのは嫌な奴じゃん

 

とムカッと来て相手を嫌な奴だと思考するようになります。

人ってたいがいはこうして、他者から埋め込まれた観念をもとにして反射で怒ったり笑ったりしています。

幼少期から長年かけてそう反応するようにプログラムされたから、

自分の意志で考える間もなく反射的にそうしてしまう、という感じです。

 

 

自己観察で「これは反射だ」と気づけば意図どおりにできる

 

けれど、ムカッときて「ヤな奴」と思ったとき、

「これは反射的にムカッときたあとヤな奴だと思うようにプログラミングされているからそうしてしまうのであって、今の私の意志ではない」

と気づく方は少なく、逆に、

「この私の思考は本物だ」

「私のこの考えに間違いはない」

と、なぜかプログラムで操られて怒らされている自分こそが自分なのだ、

これぞアイデンティティだ、みたいに、なんか操られている自分のことを非常に大切にしちゃいます。

 

 

でも、自己観察することで本当は自動操縦させられている自分に気づきましょう、と。

ムカッ…ときたときに、

「あぁ、私はムカッときているのね~」

「ほー、そう反応するんだ~」

「ヤな奴!!…と私は思っているのね~」

と客観的に自己を観察できたならば、その自己観察をしているほうの自分って、反射で起きる思考に飲み込まれていませんよね。

その観察している側の自分が本当の自分です。

その本当の自分のほうは、意図を邪魔されることはありません。

だってプログラムの外にいるしね。

 

 

意図してもそれができない、というのは、なんらかの自分ではない思考に支配されていて、

かつ自分が支配されているということに気づいていないとき、

支配されている自分が本当の自分だと思い込んでいるとき、なんですね。

その思い込みから抜けるために、自己観察は効果的だと思います。

 

 

自己観察はエゴの思考に有効である

 

自己観察を提案しているのは、「何かをしないではいられない」エゴに対して有効だから。
本当は「何もしなくていい」んですが、そこで手放しに「何もしない」ことが出来ない人も多いと思います。
そういう人は、まず自分が普段どれくらい「自分のものではない」エゴの思考にふり回されてるか気づければそれを却下すればいいし、

そうやって慣れてくればいつのまにか本来の立ち位置(「何もしないでいい」立ち位置)に立っていることに気づくと思います。

 

自己観察さん、本来は(意図以外)何もしなくていいとしつつも、

「でもそうは言ってもそれって難しいよね」

ということで上で書いたように、自分ではない思考に振り回されていることに気づくため自己観察してみてはどうか?

いかに自分が振り回されているかに気づいたら、振り回してくるものを却下すればいい(捨てればいい)し、

それに慣れれば、「何もしなくていい」という本来の立ち位置に立てるよと。

 

 

実際、自己観察していると自分がいかに自分ではないものに支配されているか、

支配されていることに全然気づいていなかったか、

支配された自分こそが自分だと思い込んで生きていたかに気づくと思います。

それに気づけるようになると、

「なんだ、叶わないと思考してるのは私じゃないじゃん」

ということにも気づくと思います。

過去に埋め込まれた、

「夢を叶えるためには努力すべき、なにかすべき」

といった固定観念と違うから反射的に不安になっているだけじゃないか、

そうして不安になったあとこれまた反射的に、

「どうしよう、なにすればいいかわからない、無理だ」

と思考してしまっているだけじゃないか、

過去にできたプログラムに意図を捨てさせられていただけじゃないか…、

ということに気づけば、気づいた側の自分…プログラムの支配を受けていない自分になら「叶う」という意図は持ち続けていられます。

それが本来の立ち位置、何もしないでいい立ち位置です。

 

 

まずは日常の小さなことから自己観察を

 

なんだか難しそうって感じを受けたかもしれないけれど、

とりあえず日常でなにかに怒ったりしたときに、

「ムカつく!」

だけじゃなくって(これは反射プログラムに「ムカつく!」と思うように支配されてやっている状態なので)

「ほー。ムカつくのか…そう感じているのね…ふぅん…」

と自己観察するようにしてみてください。

自己観察する際の注意点として自己観察さんが言ってるけど(なんかややこしいな)

 

「観察しよう」と力を入れないで、淡々と客観的に眺めてるほうがいい。

 

です。

最初のうちは「淡々と自分のや思考を観察する」というのに慣れないかもしれないけれど、慣れてくると、

「あぁ、本当に思考というのは自動で出てきてる、私の意志じゃないんだ」

と実感が伴ってきて、出てくる思考に対して「ふーん」って感じになってくると思います。

 

 

これが上手にできるようになってくると、

「どうせ叶わないんじゃないか」

「なにか努力すべきじゃないのか」

「叶うと意図すればいいと言われても信じられない」

というのに対しても、「ふーん…」という感じで見られるようになります。

そう思っているのは私じゃない、と知っていますので、わざわざ、

「そう思うのをやめてちゃんと意図しなきゃ!」

とか思わなくても意図できるようになってると思います。

なんか言葉にするとどうも曖昧になっちゃいますが、そんな感じです、ちょっとでも伝わってるといいですが(;´・ω・)

 

 

そうだ、怒りの話が出てきたからちょっと宣伝しちゃおう。

多くの方は怒りの感情が湧いたとき、

「お、怒っちゃいけない!う、うぐぐ…しかし怒ってしまう!」

となります。

これは、もう既に怒る反射プログラムに呑み込まれたあとなので、怒るまいとしても怒っちゃいます。

でも、その自分の中にある「怒るプログラム」を「怒らないプログラム」に書き直すことができれば怒らずにすみますよね。

それをやってみましょうという怒りのコントロールプログラムも作ってあるので、興味のある方はやってみてください↓

 

 

 

自己観察で思考が自分のものではないと気づくと、意図を持ち続けていられる。

 

 

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カテゴリ:引き寄せの法則 

管理人:岡野真

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